海外でのポスドクの始め方 〜応募から面接まで

ようやく100投稿目ということで何を書こうかと少しなやんだ。 色々考えてみたのだが、このブログを始めるきっかけともなった海外ポスドクの始め方について書いてみることにした。

海外でポスドクをすることについての雑感

さて始め方とはいったものの、将来的に日本で就職を考えている方々は始めない方が良いのかもしれない。 就職をしっかり決めてからサバティカルなり、海外学振なりで経験を積みに行くのが王道なのだろう。 または共同プロジェクトでもやってるとこなら、日本所属のまま海外出られるし。 アメリカの国立研究所にいた時は、そのようにアメリカで働いているポスドクが結構いた。
海外雇いになると日本の学会にいくのに予算を出してもらえるかわからないし、日本での就職のためのコネクションをキープするのも結構大変だ。 某東大の先生に日本での就職についてご教示いただく機会があったのだが、博士の就職活動はまずはコネと若さ。 業績やスキルが重要でないわけではないが。 海外に下手に出るとより大切な若さとコネを失う可能性がある。 ちなみに海外で就職する場合でもコネは重要。 若さについては年齢差別になるから海外の人はまず言わないけど。
しかしさまざまな都合で海外でポスドクをするのがベストの選択という方もいるだろう。 海外でそのままポジションを取りたい人とか。 または私のように国内で就職先が全く見つからなかったから、海外逃亡するという方もいるのかいないのか。

どうやって海外ポスドクへの応募するか

さて海外でポスドクを始めたいときにどうするかである。 まずは公募に普通に応募するパターン。 有名どころだと、サイエンス・ネイチャー・ACSなどのウェブページにたくさん公募が出ている。 最近だと色々とポータルがあるので、求人情報には困らないだろう。 あとはとても行きたい大学や施設がある場合は、そこのホームページの求人をちょこちょこ直接チェックする。 結構出せそうなポスドクがあったりするものだ。
自分のスキルやテーマにあっている求人を見つけたら、CVなどの要求書類を添付して応募することになる。 ポスドクだったら大して書類はない。 書類選考を抜けると電話面接などの連絡が来る。 ここまできたら数人の最終候補での競争になっている。 ここまで来ると結構チャンスはあるものだ。 たとえ一番ではなくても、他の候補者が別のポストを優先するかもしれないので。
ちなみにどこでもそうだと思うが、知り合いの本命候補がいてまず無理って公募は結構ある。 妙にスペシフィックな条件が記述されていたら、そうなのかもしれないなと思いつつcvだけ送っておくとよい。 いずれにしろこのパターンでは数を撃たなければあたらない。 二ヶ所以上お話が同時に来たら条件のよいところを選べばよいのだ
しかしニッチな研究分野では、そうそう都合の良い公募が見つかるものでもない。 そんな時はやっぱりコネだ。 博士論文を書くのにも、今の時代一人や二人海外からの共同研究者がいるものだろう。 そういった人たちにちょろっとポスドクの予算がないかきいてみるとよい。 結構予算持ってたりするし、彼らの友達に予算を持っている人がいるか聞いてくれたりするかもしれない。 先に話しが通っていると、大分採用される確率が高くなる。 いずれにしろ公募にはなるのだが、条件が大分絞られていて競争率が低くなっていたりする。 こちらのパターンでも落ちるときは落ちるようだが、成功率はかなり良いはずだ。 ちなみにこちらのパターンでも、他にもっと良い職があったらそっちを取るってことは結構あるようだ。 アメリカのポスドクに応募した時は、受かったら本当に来るのかどうかってことを面接でしっかり確認された。

以下は実際にアメリカとフィンランドのぽすどくに応募したときの体験である。

アメリカのポスドク・応募と面接

博士号を取得してしばらく就職先が見つからず、大学で無給の研究員をやっていたときだった。 元ボスから共同研究者の一人がどでかい予算を当てたからポスドクを一人とれるかもしれないとの連絡。 すぐさま雇ってくれるなら頑張って働きますと伝える。 しばらく待っていると、面接試験がしたいとの連絡があった。 電話面接でも良いけど、来てくれたら飛行機と食事ホテル費用はだすとのことであった。 そこで当時電話での英語にまったく自信のなかった私は、アメリカまで面接しにいくことにしたのだった。

さてこの時の面接試験は丸一日を使ったなかなか盛大なものであった。 日程的には夜到着。 次の日が一日試験。 翌々日の早朝には帰りの飛行機に向けて空港へ向かうという二泊四日の強行軍。 なのでコンディションはなかなかに最悪だった。 とはいえ共同研究者は相変わらずとてもよい人で、最初にお話して英語をならしつつリラックス。 それからそのラボで一緒に働くことになる研究者たちと一人30分ずつくらいの面接ラッシュ。 お昼ご飯を食べたら小さなセミナーで30分程度の発表。 その後も面接がいくつかと、施設見学などをびっちりと。 すべてが終わったのは6時くらいだったかな。 とても密度の濃い一日であった。 面接が終わった後は精魂尽き果てており、翌日のフライトに備えてホテルで寝るのみであった。

日本に戻った後はサンキューレターを一応書いたけど、元々知り合いの所にいく場合はそこまで重要ではないのかな。 まあ一応礼儀として。 数週間待った後に無事採用の連絡が来たのだった。
ちなみに後日談だが共同研究者はよっぽどでなければ私をとる予定だったそう。 同僚にはほぼ決まってたんだから、旅費の無駄だったんじゃないかと冗談混じりに言われてしまった。 しかし強行軍の面接と慣れない電話面接のどちらがよかったかは今でもよくわからない。

フィンランドのポスドク・応募と面接

こちらはフランスのボスの所にフィンランドの知り合いから、ちょうど私のような研究をしてるぽすどくが欲しいとのメールが来たのだった。 とても良いプロジェクトだったので、ボスに転送してもらった後にすぐさま応募。 書類はCVと論文3報だったかな。 しばらく待つと、スカイプで面接をしましょうとの連絡が来たのであった。
面接当日はネットワーク障害か何かでなぜかスカイプがつながらず。 しょうがないので、携帯電話で話すことにしたのだった。 こちらは予算は大きいけれど、規模は小さなプロジェクトだったので今のボスとだけ面接で良かったのだった。 なので電話でちょろっと話すというので問題はなかった。

面接で話したことと言えばまずはプロジェクトの内容について。 内容は応募したときにもちろん把握はしていたのだが、どの程度すでにプロジェクトが進んでいるのかや、就職先で使える実験装置などについて具体的に話した。 後このポジションは結構旅が多くなりそうなので、どの程度旅に出られるかなどの確認。
また契約期間や契約条件などについても、しっかりと確認しておいた方が良い。 結構適当に喋っていると後ほど細かいところが違っていたってこともあったりする。 アメリカの時は3年までポスドク更新できると面接の時に話した記憶があったのだが、ボスは2年までだと思っていたのだ。 結局問題なく更新はできたのだが、最初にしっかりと確認しておく方が後々問題がなくて良い。
この面接時には私の先行きがきまっていなかったこともあり、できるだけ一年は続けて欲しいと向こうから言われたのだった。 私はこの時テニュアトラックのポジションも出していたので、それを伝えた上でできるだけ1年やれるように努力はしますと伝えた。 結局他は全敗だったので何の問題もなかったのだけど。
ちょっと採用先で色々事情があったようで、お返事は数ヶ月待つことにはなったのだけど、最終的には採用の連絡が来たのであった。

関連記事

1. 国による労働環境の違い 〜四カ国働いてみた感想

2. 国による生活環境の違いについて 〜4カ国+1に住んでみての感想

3. 海外就職手続きのまとめ

D

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください