古いデータを論文にしようって言われても難しいのだー in Finland!

 

いや、5年くらい前に共同研究で解析までして渡したX線データを論文にしようって簡単に言ってくるんだけどさ、それは結構難しいんだよ。

解析済みのデータをそのまま使う、とか言ってくることもあるけれど、大概そんなことにはならないんだよな。結局何かしら齟齬が出て、解析やら図やらを微修正・微修正・微修正……で結局全部やり直すことになるんだよ。

その頃から解析方法は結構アップデートしてるしさ、古いプログラムは新しいパソコンで動かなかったりもするしさ。実験ノートはどこかにはあるはずだけど、やっぱり少しずつ記憶から消えかけてる実験データを扱うのは難しいってのもあるし。

捨てられる時間がたっぷりあるならば考えないでもないのだけど、結局それすると今の取り組んでるプロジェクトが押して、未来の自分にプレッシャーを与えることになるんだよな。

まあサイエンスの世界はそれをガンガン押してく変態レベルのハードワーカー(もしくはジーニアス)たちがいっぱいだけどさ。まあ僕はそうじゃないのだよ。

こんな感じの話って結構ある気はしてて、実際に論文発表までこぎ着けたことも数回ある。

でも、それすると下っ端(僕)がめちゃくちゃ大変なんだよな。統括してる人はまあそれなりにコメントつけりゃいいわけで、論文が増えるからいいんだろうけどさ。

レビジョンの間とかで微妙に忘れてる微妙なところを突っ込まれたりして、困ったりもするし。

というわけで、今回は時間ないって断った。昔から断るってのを悪いことに感じてしまう人間性なので、ちょっと断るのも精神的には辛いんだけどさ。

でも、正直なところ、5年前のあの時に進めてくれていれば、どんどん時間を使える環境にあったのにさー。あの頃はその論文のトピックも好んで勉強していた分野だし、論文執筆にもやる気がでたと思うんだよなー。

やっぱりデータは取っておくべきものじゃないよ。フレッシュに発表できなかったら諦める。そのくらいのほうが、リアルタイムで取り組んでる時に発表しきろうってなるし。ソッチのほうが下っ端に優しい世界になるし、きっとこの100年くらいで下っ端に優しい世界にすることは重要だと思うのだよな。科学に限らずだけどさ。

まあ、私はもうサイエンスのキャリアは諦めたからなんでもいいけど、若い人たちがハッピーになるといいねー。

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